筆者について
現役学芸員のりん(@rinhwan_blog)です
- 正規雇用の美術館学芸員
- 公立美術館・私立美術館双方を経験
- 西洋美術史で修士号を取得
本サイトでは、学芸員を目指していた頃の自分が知りたかったこと等を紹介しています
本記事では、美術館学芸員の仕事内容をざっくりと紹介しています。
筆者が美術館勤務なので美術館学芸員の体験をベースにしていますが、博物館や他施設とも共通する部分もありますので是非参考にしてみてください。
学芸員 仕事内容の基本
日本の学芸員はよく「雑芸員」と揶揄されます
海外では専門分野に沿って仕事が細分化されているのに比べ、日本の博物館や美術館では一人の学芸員がありとあらゆる雑務を請け負うことから「雑芸員」と言われるようになりました。
もちろんその実情は、博物館や美術館の規模によって異なります。
国内でも大きな博物館になれば学芸員の数も多いので、広報担当や教育普及担当などある程度「担当」が割り振られています。
ですが全国の博物館の数からすれば、そのような細分化はほんのわずかです。
多くの場合は館の一人一人の学芸員が、プレスリリース制作などの広報や学校での出張授業などの教育普及活動なども含めたほぼ全ての業務を担当しています。
マルチタスクが学芸員業務の基本です
その他にも、
・ポスターやチラシなどのデザイン
・展示室の室温や湿度等を正しく記録管理する保存環境業務
・個人コレクターからの作品受け入れや他館への作品貸出
・著作権物の処理
・展覧会の図面や構成
・イベントの運営やギャラリートークに講演会
等々、幅広い仕事をこなします。
学芸員の仕事内容① 展示・企画
学芸員といえば!まず思いつくのは展覧会関連でしょう。
ある意味、学芸員職の華と言える業務です。
しかし一言で「展覧会」といえど、その在り方は様々です
自館で企画から考えたり、他館から巡回展が回ってきたり、あるいは企画会社からの持ち込みを採用したり。
その過程には、企画書・予算案の作成やスポンサー探し、作品借用や著作権処理の書類作成、造作や広報物の作成、また図録や解説の執筆、イベント会場や登壇者の手配など多くの業務が含まれます。
複数展覧会の掛け持ち
学芸員は、常に3〜4個程度の展覧会を掛け持ちしています
展覧会準備は、3年前くらいから本格的に動き始めることが多いです。
学芸員は直近の展覧会を仕上げながら、来年再来年の仮担当展覧会の企画を進行していきます。大体常時1つの主担当(直近の企画)、2つ程度の(仮)主担当(数年後の企画)、2つ程度の副担当を掛け持ちしているイメージです。
他の学芸との兼ね合いですが、担当展覧会の希望があれば当然考慮してもらえます。
展覧会予算案の作成・進行計画
当然ながら各展覧会ごとに予算が割り振られることになります。
展覧会に使えるお金ですね
次年度の予算編成は、毎年10月〜12月くらいに行われることが多いです。
各学芸員が担当展覧会の予算案を作成&館内で持ち寄り、部長説明等の確認を経て予算が大まかに決定します。
この予算案作成までに、協賛や後援(※)が決まっていると色々具体案が作りやすいので◎ですが...実際には年度始まってからバタバタしてしまうことも。※展覧会を経済的にサポートしてくれる企業など
新人学芸員はあくまで展覧会の予算案作成くらいだと思います。(博物館・美術館全体の予算は係長以上で会議が普通なのでは)
展示の詳細を詰めていく
上から予算案OK!ゴーサインが出たら、担当学芸員が展覧会をより具体的なものへブラッシュアップしていきます。
この過程で、企画会社やテレビ局、新聞社、所蔵者、大学教授などの専門家、他美術館、著作権管理組織など、他にも書ききれない多くの人たちにお世話になります。
展示プランの作成
展覧会が近づいてくると、展覧会で資料や展示ケースをどのように配置するかを館内で共有します。
この配置図を一般に「展示プラン」等と呼び、担当学芸員がイラレ等で作成する場合が多いです。
展示作品の設置場所だけではなく、想定する導線、壁やパーテーションをどのように使うのかを記しています。
展示作業に関わる多くの人たちと共有するのでとっても大切!
2つ以上の展覧会を同時開催している場合(常設展/企画展など)、良く話し合っておかないと使いたい展示ケースが被ったりしてしまうんです。展覧会同士でのすり合わせは欠かせません!
巡回展の場合は、他館や開催者との兼ね合いも多分に考慮しなくてはなりません。
作品保護のために展示期間が限られる場合も!
作品リストの作成
展覧会に行くと無料で貰える作品リスト。
大きな博物館だとデータだけ作り、デザイナーに任せる場合も稀にありますが、普通はイラレ等で学芸員が手作りします。
会期の途中で内容に変更を加える場合もあるので、館内で少しずつ増刷できた方が便利...というのも、館で手作りする理由のひとつです。
展覧会準備
他にも、展覧会のポスターやチラシの作成やCM出演、講演会の手配やギャラリートークなども準備に含まれます。» 詳しくは 広報・教育普及 をご覧ください。
展覧会の直前準備については、以下の記事でも紹介しています。
作品搬入の流れや、展示の裏側について書いていますので是非見てみてください。
学芸員の仕事内容② 保存環境
所蔵作品を守るため、学芸員は収蔵庫・展示室をはじめとした館内環境を把握・管理します。
温湿度管理
作品保護のため、博物館内は温湿度管理がされています。
館内全体が空調管理されていますが、作品を保管する収蔵庫・作品を展示する展示室には特に気を遣っています。
基本的には上記の場所には毛髪計とデータロガーの双方を使用し、継続的に記録を取っています。理由は以下の通りです。
- 作品に悪影響を及ぼすような温湿度の変化が起きていないか確認するため
- 継続的な温湿度データの提出を求められる場合があるため
重要文化財や国宝を含む展覧会の開催館に名乗りを挙げた場合、過去3年間の温湿度データの記録の提出を求められたりするのです。秋開催なら、秋のデータなど。ここで信頼できる数値を提出できないと開催は困難です。
なので、継続的に毎日記録を取り続けるというのはとても大切なんですね。
虫菌害管理で資料を守る
虫菌害とは、その名の通り、虫や菌による害のことです。
作品が虫食いにあったりカビが発生してしまうと、博物館・美術館としての信用を失います。最悪の事態です。
したがって、作品に害を及ぼす虫や菌を管理・記録し、正しい対処を行うのは、温湿度管理と並んで大切。
博物館・美術館内にトラップを撒き、日常的に確認!
学芸員の仕事内容③ 教育普及
教育普及活動を通して、地域住民や来館者に関心を深めてもらいます。学芸員本人が講演や授業を行う場合もあれば、アーティストや大学教授、専門家にオファーをかける場合もあります。
来館者向けのイベント・講座の企画
展覧会に関連したイベントのほかにも、美術館によっては建物見学ツアーやバックヤードツアーなどを行なっています。
また、学芸員が順番で回していく年間の美術講座のようなものがある館も多いでしょう。業務中にこのような講座の準備に充てる時間はなかなか取れないので、基本的にはこの辺りは家で準備することになります。
また、近隣の博物館や地域の公共施設との共同イベントを企画する場合もあります。
教育機関での授業
学芸員は館内でのギャラリートークや講義以外にも、小中学校への出張授業、鑑賞授業、大学での出張講義も教育普及活動の一環です。
先生と学生が来館されることもあれば、学芸員が学校に伺うこともあります
公立私立どちらの博物館・美術館でも、このような事業を実施しているところは多いです。
小中高校の先生たちは、本当に多忙!
そんな中で博物館見学を計画してくださるということはとても嬉しいことです。相当熱心な先生でないと授業時間を使って美術鑑賞なんてなかなか出来ないもの。
だからこそ、生徒たちにとって有意義な時間にできるよう、先生からの要望をしっかり聞き「一緒に」計画を立てていきます。
当日までに学芸員は、大型バスや駐車場の手配、ワークシートの作成、一般のお客様への対応なども行います。
また、ベテラン学芸員は大学機関から講義のオファーがあり授業を受け持つこともありますよ。
博物館実習の受け入れ
博物館や美術館は通常、年に1度(長期休暇中)大学から博物館実習生を受け入れます。
応募数が募集数を上回る場合には実習生を選抜し、1週間〜10日ほどの実習の計画を立てます。
実習の1週間は学生につきっきりになるので、かなりハードに!
実習では、学芸員が普段どのような仕事をしているか座学で講義を行ったり、作品保管庫の整理を手伝ってもらったり、実際に作品を選び展示してもらう簡単なミニ展示会を開いたりします。(館によって内容は様々)
実習当日までは、使用する作品や道具の整理を行い、学生さん受け入れに備えています。
学芸員の仕事内容④ 広報
広報活動も学芸員の大事な仕事のひとつ。
展覧会リリースや各種広報のやりとりを通して、博物館・美術館や展覧会について多くの人に知ってもらいます。
常連さんはもちろん、今まで美術館に足を運んだことのない人にもアピールできるチャンスです。
展覧会リリースの作成
各報道機関に送付する展覧会リリースは、開催に余裕を持って作成します。
配置やデザイン、使用する作品図版、開催概要や展覧会のみどころなど、担当学芸員が一から作成することが多いです。
図版を使用するにあたっては著作権使用許諾を取る必要がありますので、余裕を持って使用図版をピックアップしておく必要があります。» 著作権処理 について
所蔵館や所蔵者への確認も忘れず行います
CM出演や新聞への寄稿
学芸員本人がテレビCMへ出演したり、新聞へ寄稿することも割とあります。地方の公立美術館だと特に多いのではないでしょうか。
展覧会の主催や協賛にテレビ局が新聞社が関わっている場合、このあたりの広報活動により力が入ります。
テレビや新聞は、博物館美術館に興味がない人の目にも触れる可能性が高いので、ビッグチャンス!
学芸員の仕事内容⑤ 作品貸出・著作権管理
作品・資料や図版の貸出には、借用書の作成、保険の手続き、著作権処理などの業務が伴います。
当然ながら、「貸して!」「どうぞ!」という簡単なものではありません
学芸員は然るべき手続きを期日に余裕を持って行い、作品の移動を正しく管理する必要があります。
他館への作品・資料貸出
他の博物館や美術館と作品の貸し借りをする場合についてです。
作品を貸してほしいと言われた場合、基本的には断らないのが暗黙のルール。
貸してくれたところには快く貸したい、いつも断られるところからお願いされてもちょっと...。これが人間の心理です。
すでに同時期に別の展覧会で使用する予定がある場合や、作品の状態が非常に悪い場合などは別です。作品状態が悪くても、どうしても借りたい!という相手館の強い要望がある場合、修復費用を折半したり負担してもらったりすることもあります。
その場合はラッキーですね
また地方の博物館・美術館であっても、海外館への作品・資料の貸出は多々あります。その場合公立館(公務員)であっても、1名はクーリエとして現地に行くのが普通。
クーリエとは?
作品の輸送に付き添い、貸出先での開梱や展示作業、梱包に立ち会い監督する役割のこと。作品の安全を見守ります。
貸出先国における疫病の蔓延や治安の悪化など状況によっては、オンラインクーリエとして展示を見守ります。
作品画像使用にかかる著作権処理
「作品画像の使用」には著作権処理が伴います。
主に、
- 展覧会ポスターやチラシなど館内広報物
- 新聞・書籍・雑誌・論文
- ドラマや映画など映像作品
が主な使用パターンです。
博物館・美術館の所蔵作品と一言で言っても、寄託作品や所蔵したばかりで遺族との確認の最中であったり、状況は様々です。
あと、海外美術館の作品を借りるとなると租税条約が絡んできたり
(館の目玉商品は大体決まっているので)著作権使用の申請がくる作品はほぼ決まってくるのですが、時には例外的な対処も必要になります。
学芸員の仕事内容⑥ 年報や紀要等の執筆・編集
年報や紀要、年間スケジュールや館のパンフレットなど、博物館・美術館の発行物の編集も学芸員のお仕事です。
年報で美術館の活動をまとめたり、紀要を通して研究成果を発表する場はとても大切。それぞれ記事を分担し、まとめて発行します。
1年の間に自分が担当した業務に関わるデータも掲載したりするので、この時のために(それだけではないけれど)イベントの参加者人数などの記録はしっかりコツコツ記録・管理!
学芸員の仕事内容⑦ 友の会・ボランティアの管理
普段から博物館美術館を支えてくださるボランティアや友の会が存在します。
皆さんの活動をサポートするのも、学芸員の仕事。
ボランティアの作品解説や広報物の整理、イベントのお手伝いや館内掲示物の提示など、活動内容を把握しメンバーをまとめます。
団体の在り方や、どれだけ学芸員が関与していくかはそれぞれの博物館・美術館によりけり。
ほとんど会員の方のみで活動される場合もありますが、学芸員自ら毎週活動に顔を出し、日帰り旅行を計画・参加する場合も。
すっかり顔馴染みに!
【まとめ】美術館学芸員の仕事内容
いかがでしたか?
今回は、学芸員の数ある業務の中でもパッと思い浮かぶものについて取り上げてみました。
美術館/博物館学芸員というと研究や展示企画などのイメージが強いかもしれません。
でも実際は、1日の大半は席に座っておらずドタバタしております。
肉体労働も多く、展示替え期間中は特に体力勝負です。
1年目は帰宅と同時に気絶するように眠っていました
挙げたのは、仕事のほんの一部です。
具体的な1日の流れや、お仕事の魅力・大変なところについては以下で紹介しているので、是非あわせて読んでみてください。